2019年の夏、幸運にもJICA主催の教師海外研修(ラオス)へ参加する機会を得ました。
この研修を受け、2019年度の2学期から3学期にかけて国際理解教育の一環として3年生(中学)を対象に授業を行いました。
貧困問題や食料問題、またそれらの問題に取り組む人々に焦点をあてながら、世界の現状を知ることができる授業を目指しました。
生徒たちが世界で起こっていることを「知る」ことで、自分たちと世界の接点や関係性を見い出し、自分の国をよりよく知り、そして国内外で困っている人がいるのならば「自分たちにも何かできることがないか」という視点でものを考えられるような心が育ってほしいと願います。
「国際貢献」というと少し大袈裟に響く感がありますが、一連の授業によって子どもたちに「自分はこれからこう行動しよう」という何かしらの思いが芽生えるとすれば、それは国際貢献の種になるかも知れません。表題の『「食料問題」から国際理解と国際貢献へ』には、そんな思いが込められています。
授業区分は、英語(異文化理解)、道徳(C-9国際理解・国際貢献)、総合的な学習の時間(人権)として扱い、短学活や学活などの時間も利用しました。
以下は、実践報告になります。
【1】単元テーマ
「食料問題」から国際理解と国際貢献へ
【2】単元の評価規準
評価規準は設定しない
【3】単元設定の理由
本校は、大分市郊外の中規模の中学校であり、すべての生徒が同じ小学校から入学した仲間同士である。優しく純朴で何事にも丁寧に取り組む生徒が多い。これまで民主的な話し合いを大切にしながら生活してきた生徒たちであり、どんな状況でも互いに協力できる集団である。学校行事でも互いに協力し合い、一人ひとりが積極的に活動する。学校生活や行事を通して助け合うことの大切さを学んでおり、将来、大きく社会に貢献することが期待される集団である。
今回の授業では食料問題をメインに扱う。食料問題は、人口の膨張する人類にとって喫緊の課題のひとつである。しかし、食べ物に不自由しない生活を送る私たちにとって、この問題が大きな問題として意識されることまれであり、メディアが報じる食料問題もどこか他人事としてとらえがちである。
「食」の問題は、例えば給食や好物などの身近な話題から切り込めば、着目しやすく扱いやすい題材とも言える。世界で起こっている問題と自分たちの生活に深い関連があることに気づかせる題材と位置づけたい。身近な食べ物の写真や自校の給食の残菜量を示すグラフを用いるなどして、生徒の関心を刺激するような導入にしたい。
英語科の指導においては、3年間を通して「世界に目を向ける」ことを意識した取組を重ねてきた。1年時には、興味のある国について調査しエッセーを書いた。2年時には、教科書でカンボジアを扱う課のまとめとして「カンボジア調べ」に取り組んだ。3年時には、旅行代理店の社員として自分の興味がある任意の国を紹介するなどした。英語教室内には、英語科通信や外国の写真を始めとした掲示物を工夫するなどして英語学習の雰囲気づくりを心がけた。
学級担任としては、「誰も取り残さない学級」を自らの手で築く集団を育てたいと考え、学級活動での「話し合い」を大切にしながら「包摂学級」を念頭に指導した。学級という小さな単位で「包摂」の重要性を実感させ、学校、地域、国、そして国際社会において包摂を目指す人間になってほしいと願う。
【4】展開計画(全6時間)
2次:世界の食料事情とその不公平性について考える
3次:アフガニスタンにおける中村哲医師の取組について知る
4次:食料問題の一端である国内外の「食品ロス」について考える
5次:世界の諸問題とSDGsについて考える
6次:実際に問題解決に取り組んでいるタイ・スリンの様子を知る
(1次)「クイズラオスオネア」にチャレンジしよう【ラオスの概要や食料問題】
①リードプリント「クイズラオスオネア」による導入
②ラオスに関するクイズに挑戦する(3次・4次への伏線として食糧問題に触れる)
◎問題例:「日本7%(2010)、ラオス44%(2011)」これは何を示す数字か。
(5歳未満の子どもの栄養失調による「発育不良」の割合を確認すると共に、背景にある食料問題
などに触れる)
③クイズの感想を交流する
④まとめをする(ラオスでも慢性的な食料不足問題を抱えている地域が少なくない)
(国連食糧農業機関2019-11-11< http://www.fao.org/faostat/en/#country/120>)
ラオスの抱える問題
ラオスの労働人口の約70%が農業に従事していますが、国土の大半が山岳地帯であるラオスでは、耕地は約30%に過ぎません。主食が米であることやほかの主要生産物が望めないことなどから、稲作が中心となっていますが、肥料や農薬を使わず、天水に依存する稲作は頻発する干ばつや洪水の影響を受け、慢性的な食糧不足となっており、栄養失調も深刻な状況です。
(ケア・インターナショナル ジャパン2019-11-15<https://www.careintjp.org/area/w15.html>)
①班でフードカードを使い食料を自由に配分させる、配分状況を確認、分配方法を説明させる
②世界での食料配分状況を予想する、確認する、考察する(なぜ不公平性が生じるか)
<予想される発言>力の強さが均等だから、平等の精神がある
③「飢餓」と「食料への権利」について知る、ハンガーマップを確認する
④食料配分における不公平性・飢餓の原因や解消策を考える
⑤まとめをする
・飢餓の原因が「食糧不足」だけとは言えない。
・食糧配分の不公平性によるところが大きい。
・世界全体で見ると食料の絶対量は足りているが、まんべんなく行き渡っていない。
・交通インフラの発展により食料が動きやすい状態になった。
・つまり、原因は人間であり、社会の仕組みであり、不平等性を生む文化にあると言える。
・爆発的な人口増加によって人口は50年前の25億人から現在では70億人を超えた。
・国連(世界人口推計)によれば、2050年に世界人口は98億人に達すると予測される。
・今後の食料確保に関しては課題も多い。食品ロスの解消や昆虫食の普及が期待されている。
(3次)中村哲医師の取組を知ろう【問題と闘う人々】
◎中村哲医師がアフガニスタンで用水路を作った経緯から現地の状況を知る(干ばつ)
①「武器ではなく命の水を」(60分)を視聴する
<追悼「武器ではなく 命の水を」NHK ETV特集 2019年12月7日(土)午後11時00分>
(DVD「アフガニスタン 用水路が運ぶ恵みと平和」本編で代用可能)
<ポイント>
・水や食料の大切さとありがたさ
・医療以上に必要なものがあると考え治水に乗り出した中村医師の気持ちと行動力
・平和とは何か、支援とはどうあがるべきなのか
・「武器ではなく命の水を」のタイトルの意味
②感想交流
③まとめ
・水がどれだけ大切か、食べ物がどれだけ大切か
・水や食料がなくて困っている人々が多く存在する
・私たちの知らないところで、きつい思いをしている人・困っている人がたくさんいる
・その人たちのために行動している人がいる
・問題に対して行動することの気高さ
・起こっている問題を知ること、知ろうとすることの大切さ
・持続可能な支援のあり方
(4次)私たちの身近な問題に注目しよう【食品ロス問題】
◎「世界の問題が身近な生活の問題へとつながる時間」、「自分事への昇華が起こる時間」とする
①クイズ形式で日本国内の食品ロスの概要を知る
<問題1>これは何のグラフでしょう。
<答え>本校の残菜量を示すグラフです。
◆グラフや残菜の写真から自分たちの給食の食べ残しについて振り返る
○本校の月別の残菜量を知る
○残菜はイッポンクヌギファームに引き取られ豚の餌となっている
○今年度4~10月の残菜量合計は約473kg
<問題2>年間の廃棄量(食品ロス)はどのくらいでしょう。
<答え>国内で643万トン。本校でも年間1トンに達する可能性があります。
<問題3>割合の大きい廃棄元は何でしょう。
<答え>事業系や家庭系 ※事業系約55%(約350万t)、家庭系約45%(約290万t)。家庭からの排出量も多い。
②給食一口メモのコメントについて振り返る
牛の寿命は20歳くらいと言われていますが、みなさんが今食べている牛肉は2歳から5歳くらいの牛です。食用の牛は、乳用と肉用に分けられます。どちらもオスは2歳くらいで肉にされます。メスは人工的に妊娠・出産を数回繰り返させてから肉にされます。
私たちは、私たちが生きていくために、いろいろな動植物の命をいただいています。そのいただいた命をどう扱うか。一度考えてみてください。
③千葉県野田市立関宿小学校6年生の取組を見るfa-video-camera(NHK for school)
④世界の問題でもある「食品ロス」の現状と問題点を知る
「Hunger Free World」によるウェブサイト<https://worldfoodday-japan.net/world/>から
●日本は、6割の食料を海外からの輸入に頼りながらたくさんの食料を廃棄している。
日本では、毎年2800万トン以上の食料を捨てている。食べ残しや賞味期限切れなど、まだ食べられるはずのものが643万トン(2016)もあります。そのうちの352万トンは事業者から、291万トンは家庭から出ています。
〔農水省<http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/kankyoi/attach/pdf/190412_40-1.pdf>〕
●世界で毎年、食用に生産されている食料の3分の1にあたる13億トンが捨てられている。〔国連食糧農業機関FAO(2011)〕
●食料を生産するためには水や飼料や土地が必要。食べ物を捨てることは、資源を捨てることに等しい。資源の無駄遣い。世界で利用される水のうち約70%が食料生産に使われている。ハンバーガー1個に使われる小麦や牛肉を生産するには約1000リットル(2Lペットボトル×500本分)の水が必要(環境省2017)。
●フードロス(廃棄された食料)によって排出される温室効果ガスの量(二酸化炭素換算)は36億トン。世界の温室効果ガス排出量の約8%。〔国連食糧農業機関FAO(2015)〕
⑤自分の生活をふり返る、自分にできることを考える、意見や感想を交流する
(5次)世界の問題とSDGsを知ろう【問題を見つめる・自分の生き方を考える】
◎食糧問題の他にも世界には私たちが無関心ではいられない様々な問題があることを知る
◎国内外の諸問題で、自分の興味のある問題について調べる(事前に課題として)
①SDGsに関する動画「ピコ太郎×外務省(SDGs)~PPAP~」を見る(外務省動画チェンネルMOFA)
②SDGs-2の目標における「食品ロスに関する目標」を確認
国内では、昨年6月に第4次循環型社会形成推進基本計画において、家庭から発生する食品ロスを2030年度までに2000年度比で半減するとの目標が設定されました。
(環境省2019-11-11<http://www.env.go.jp/press/106665.html>)
③日本や世界のいろいろな問題について発表・共有する
(6次)ゲスト・ティーチャーの講演【故郷スリンからの物語(スリンの取組)】
◎WANNOBON KHUAN-ARCH氏より貧困問題へのアプローチについて講演してもらう
①「英語スゴロク」を使ったアイスブレーク(日本紹介、大分紹介、講師への質問)
②講演「故郷スリンからの物語」
・干ばつに苦しんだアフガニスタンと治水活動に取り組んだ中村哲医師の話
・タイの位置やスリンの町の紹介(気候、産業、特産など)
・昆虫食が新しい食料源として浸透しつつあることの紹介
・スリンの取組がSDGsのどの項目に関連が深いかグループで議論する
③授業の感想を交流する
●苦しい状況の中で貧困の打開のためにいろいろな挑戦をしていて素晴らしいと思いました。
●世界には様々な問題がある。世界のすべての人が助け合って物事を解決しなければならないと思った。
●最初はかなり衝撃的でしたが貧困を防ぐためにも昆虫食は素晴らしいものだと思いました。
●印象に残っているのは昆虫食です。パウダー状にして昆虫の形をなくすのはすごくいいアイデアだと思うし、私もそれなら食べられそうだと思いました。栄養もあって環境にも優しいことを知れて良かったです。
●虫は食べたくないと思います。でも形を変えられたらわからないので勇気を出して食べてみようと思います。
●(昆虫食のお菓子を)最初はキモチ悪いと思っていたけど、ちょっと食べてみたくなりました。
〔SDGsに関する感想〕
●世界の問題について改めて考えさせられました。世界も17の取組をしているので、自分も今できることを精いっぱい取り組んで少しでも早く問題がひとつでもなくなるようにしたいです。
●環境を守ったり、その他にも世界のいろいろな問題を解決するためにSDGsがあることを知りました。僕は興味がわいたので調べてみようと思いました。
●私たちがSDGsを学んだように、他の人にも知ってもらい理解を広げていきたいと思いました。
●普段の生活の中でもSDGsを意識していきたいです。
●「知る」ということは大切なことだと思いました。私ももっとSDGsについて学び意識していきたいです。そして目標達成に向けて世界の人々が協力することが大事だと思うので、まずは自分ができることからはじめていきたいです。世界の人々が同じ目標に向けて取り組むということは良いことだと思いました。
●スリンで実際にSDGsに関連する様々な取組が行われていることを知ってとても驚きました。こうした小さな積み重ねが大事だと思いました。こうした経験を重ね、いつかはアメリカや中国のような大国でもこうした活動が活発に起こり、SDGsが達成されればいいと思いました。
●パムさんとお話できてすごく楽しかったです。私は虫が苦手なので昆虫食の見た目にはビックリしました。でもどんな味がするのか食べてみたいと思いました。自分の知らないことを知れて良かったです。SDGsに興味を持って、自分のできることをしていきたいです。
〔英語で書かれた感想〕
●Surin is very good city because people in there are kind to nature. I think their actions are very good. In particular, eating insects is good.
●I'm a little interested in 環境問題。
●I learned a lot of problems in Thailand. I have never eaten crickets. I want to eat them someday.
●It was difficult for me to talk with Pam, but I enjoyed talking with her. I learned a lot of problems in the world. I thought that SDGs is important. So I want to learn more about SDGs. I hope that people in the world become happy. Thank you for coming to our school!
●I think it's important for us think about problems around the world. I want to travel other poor countries to see the reality in the future. We knew some new important things today. I'm going to think about them again. I want to share them.
【5】本時 (2次)「世界の食糧事情を知ろう」の展開
時間 | 学習活動 | 指導上の留意点 |
10 | ○動画を見る (幼児が食べ物を取り合う内容) |
○幼児がなぜ食べ物を取り合うのか考えさせる <視点> ・中学生の教室でも同じような状況が起こるか ・理性、判断力、平等性、仕組み |
30 | ○グループを作り「フードカード」をグループのメンバーで自由に分け合う
○分け合ったカードをホワイトボードに整理する ○自分たちの分け方の基準やルールを発表する(理性、平等性)○ハンガーマップを見て、青い部分と赤い部分の意味を推測して発表する ○なぜ食料がうまく分配されないのか理由を推測して発表する ○人口増加による食料問題の深刻化について話し合う |
○カードは自由に分け合ってよいと伝える【フードカード使用】
○分配の平等性を確認する ○ハンガーマップは栄養不足の人口の割合で色分けされており、世界に十分な食料が生産されているにもかかわらず、平等に食料が行き渡っていない現状を確認させる【ハンガーマップ使用】 ○交通網の発達における食料の移動、経済力の格差、生産力、土地の問題などについて考えさせる ○今後の人口増加により食料問題がさらに重要な課題になることや打開策として研究が進む昆虫食の話題に触れる |
10 | ○振り返りを描く | ○振り返りの中から数名分を読み上げて感想や意見を全体で共有する ○水や食べ物の重要性や分配の不平等性に気づかせ、自らの生活を振り返る機会とさせる |
【6】本時の振り返り
幼い双子が食べ物を取り合う短い動画で授業を始めた。その後、4名のグループを作り、各グループで24種のフードカードを自由に分け合うように指示した。ほとんどのグループが6枚ずつ平等に分配した。それぞれのグループに分配方法を確認しながら、冒頭の動画と比較させ、自分たちが根底に持っている「大人の理性、合理性、平等性」を認識させた。
ハンガーマップで世界の食料分配が平等に行われていない状況を確認すると、「食べ物が全員分あるのに行き渡らないのはおかしい」、「一部の国が食料を占有するのは良くない」といった意見が聞かれた。
冒頭のフードカードにあった虫ケーキの話から、食料不足の打開策として期待される昆虫食の話題に移した。昆虫食の広がりに驚きを隠せないようだった。今後の人口増加による食料不足の懸念や国内外に食料問題以外にもいろいろな問題があることを確認して授業を閉じた。
【7】単元を通した児童生徒の反応・変化
クイズを楽しみながら笑顔で始まった一連の授業だったが、食べ物が豊富な日本で不自由なく食べられている私たち日常とは対照的に、干ばつや洪水で十分な食糧を得られない人々が多くいることや、そうした状況の改善のために一生懸命に活動する人々の存在を知り、生徒の眼差しは真剣なものになった。自分たちの「当り前」が実は当たり前ではないことを知り、多くの生徒が衝撃を受けた。
●私たちのように水や食べ物がいつでもあたり前のようにあるのは本当に幸せなことだと改めて思いました。
●自分に何ができるのか、何がベストなのかをよく考えた上で行動したい。
●人が生きるには同じ人と協力する必要があります。だから人は人にとって同じ仲間でありライフラインであるはずです。だから、私たちが大切な仲間を死なせないための第一歩が知ることだと思います。
●「知る」ということは大切なことだと思いました。私ももっとSDGsについて学び意識していきたいです。そして目標達成に向けて世界の人々が協力することが大事だと思うので、まずは自分ができることからはじめていきたいです。
【8】自己評価
(1)苦労した点
具体的な数字や事実を丁寧に調査する必要があり、クイズや資料など教材準備に多大な時間と労力を要した。また、授業時間の確保や実施のタイミングに配慮した。
(2)改善点
時間が許せば、食品ロスをはじめ、バイオマス、フェアトレード、昆虫食、食料自給率などの関連テーマごとにグループ分けをして調べ学習を進め、全体発表やポスターセッションによる調査結果の共有や、新聞やウェブサイトによる発信につなぐことができれば、より一層の学習効果が期待できると感じる。
(3)成果が出た点
授業での発言や振り返りから、普段、何気なく消費している水や食べ物の大切さを再認識したという感想が多く見られた。また、「世界の出来事にも興味を持ちたい」といったものや「食べ残しを減らしたい」など具体的な行動目標を掲げる者も多かった。一連の授業によって子どもらの中に明らかな意識の変化が生じた点は成果と言える。
【参考資料・使用教材】
・「クイズラオスオネア」(リードプリント・スライド)
・「武器ではなく命の水を」(ワークシート)
・「日本の問題、世界の問題」(ワークシート)
・「英語スゴロクセット」(リードプリント・本体・説明書)
・「英語科通信」(2019年度6号)