
アキラ地雷博物館の中庭に展示されている戦車
アキラ地雷博物館を訪ねて<カンボジア/シェムリアップ>
カンボジアのアキラ地雷博物館には、各国で使用された多種多様な爆弾や地雷が展示されていた。
小さなガラスケースの中に並べられた地雷は、その形状や色もさまざまで、かつてどこかの戦場で埋められていたものなのだと思うと、戦争の現実が突きつけられるようだった。中には、まだ信管が抜かれていないものもあり、それらを見ているだけで背筋が寒くなった。
私が担当する英語の授業では、毎年、この博物館の開設者であるアキラさんの物語を扱った課のまとめとして、カンボジアに関する研究を行うことにしている。
生徒たちは、カンボジアの概要、国旗の意味、内戦の歴史、地雷博物館の役割、さらには文化や伝統といった豆知識などのテーマを分担し、各自が調べた内容を模造紙新聞にまとめる。この新聞づくりを通じて、生徒たちはただ英語を学ぶだけでなく、世界の現実に目を向けるきっかけを得ることができる。
この活動の中で、あるグループが私も知らなかった驚くべき事実を調べてきた。それは、博物館で不発弾が爆発し、アキラさんが逮捕されるという事件があったことだ。戦争が終わった後も危険な不発弾が残っていることは知っていたが、まさか博物館という場所でそのような事故が起きていたとは思わなかった。しかもアキラさんが逮捕されるなんて…。幸い、負傷者はおらず、博物館はまもなく営業を再開したという。しかし、この事件を知ったことで、改めて爆弾の恐ろしさを実感せざるを得ない。
先日、沖縄の友人と話をしていると、彼が「沖縄の新聞にはよく不発弾のお知らせが載る」と言いながら、新聞記事を見せてくれた。記事には、沖縄県の与那原町で米国製の不発弾が見つかったことが書かれていた。住民は一時避難を余儀なくされ、自衛隊の専門部隊が慎重に処理を進めているという。
ちょうど同じ頃、大分市の乙津川河川敷でも、全長180センチにも及ぶ米国製の1トン爆弾が発見され、周辺住民には避難勧告が出されていた。爆弾は戦争中に投下されたものの、不発のまま地中に埋もれていたと考えられる。
戦争が終わって何十年も経った今でも、世界各地にはこうした不発弾が無数に眠っている。カンボジア、沖縄、大分といった異なる場所で共通するのは、「戦争の傷跡が未だに人々の生活に影響を与えている」という現実だ。
地雷除去の作業には多くの時間と労力が必要であり、一歩間違えれば命を落とす危険も伴う。アキラさんのように、自ら危険な仕事に取り組み、未来のために地雷を撤去し続ける人々の存在に、私は改めて敬意を抱く。
不発弾の存在は、戦争の終結が必ずしも「完全な平和の到来」を意味しないことを物語っている。爆弾は、その爆発力だけでなく、人々の記憶にも深く傷を残すものなのだ。そして、それらを除去し、次の世代へより安全な世界を引き継ぐためには、今を生きる私たちが戦争の歴史を学び、その恐ろしさを理解することが不可欠なのだと、改めて感じた。
私たち大人には、私たち教師には、戦争について正しく子どもたちに伝える使命があるのではないか。
アキラ地雷博物館に行ってみた!<カンボジア/シェムリアップ> <Kids>
<Kids>はキッズと読むよ。「子ども」という意味。大人の文章はちょっと固くて読みにくいよね。<Kids>の表示がある文章は、小学生や中学生でも読みやすい文章にしているよ。これからキッズのみんなに読んでほしい記事をたくさん書こうと思ってるからときどき遊びに来てね。検索窓に<Kids>または<キッズ>と入れてキッズ向けの記事を探してね。くまの先生より
カンボジアには「アキラ地雷博物館」っていう場所があって、世界中で使われた地雷や爆弾がたくさん展示されているんだ。小さなガラスケースの中に、いろんな形や色の地雷がずらり!これがどこかの戦場に埋められていたと思うと、戦争の怖さがズシンと伝わってくるよ。中にはまだ信管(爆発のスイッチみたいなもの)が抜かれていないものもあって、見ているだけでドキドキしたんだ。
ぼくは英語の授業で、この博物館を作った「アキラさん」の物語を取り上げているんだけど、授業のまとめとして、毎年みんなでカンボジアについて調べることにしているんだ。チームに分かれて、カンボジアの国のこと、国旗の意味、昔あった戦争のこと、地雷博物館のこと、そしてカンボジアの文化や伝統などを調べて、大きな紙にまとめて新聞を作るんだよ!
そんな中、あるグループがびっくりすることを教えてくれたんだ。「この博物館で、不発弾が爆発してアキラさんが逮捕されたことがあるんだって!」
戦争が終わっても、爆発せずに残っている爆弾(不発弾)があることは知っていたけど、まさか博物館でそんな事故があったなんて…。幸い、けが人はいなくて、博物館もすぐに再開したんだけど、この話を聞いて改めて爆弾の怖さを感じたよ。
実は、日本の沖縄や大分でも、同じようなことが起きているんだ。沖縄の友達が「沖縄の新聞には、不発弾が見つかったっていう記事がよく出るよ」って教えてくれた。最近も沖縄の与那原町(よなばるちょう)でアメリカの爆弾が見つかって、住民が避難しなきゃいけなかったんだって。それから、大分市の乙津川(おとづがわ)っていうところでも、大きな爆弾が見つかって、周りの人たちが避難することになったんだ。
戦争が終わって何十年も経った今でも、世界にはこういう爆弾がたくさん残っているんだね。カンボジアも、沖縄も、大分も、「戦争が終わっても、その影響が今でも続いている」という点では同じなんだ。
地雷を取り除く仕事は、とても危険で時間がかかる。でも、アキラさんのように「未来のために安全な場所を作ろう!」って頑張っている人たちがいるんだ。ぼくも、そういう人たちに心から「すごいな!」と思ったよ。
爆弾は、爆発するだけじゃなくて、人々の記憶にも深い傷を残すもの。だからこそ、ぼくらは戦争のことを学び、その恐ろしさを知ることが大事なんだね。そして、大人のぼくたちには、みんなにこういう話を伝えていく使命があると思っているよ。